花好きなあなたに…
花好きなあなたに…
Do you love flowers?
作:茶さん

番外編

 感極まって俺の胸の中で泣いていた菫も、ようやく落ち着きを取り戻してきた。
いつまでも通りに突っ立っていても仕方ない。

「さて、と。どこ行く?」

本当はデートの終わりに指輪を渡したかったんだけど、順番が狂っちまったな。まあいいや。

「別に……今日はどこへも行かなくていいよ。こんなに素敵なことがあったんだもの。どこへ行って何をしても、きっと記憶に残らないから……」

菫は俺の胸の中、囁くように答えた。

「そっか……じゃあ俺んち行かないか? 今日からお袋留守なもんでさ、静かにのんびりできると思うぜ」

「……留守?」

後から思えば、この時菫の声のトーンが少し変わっていたことに気づくべきだったんだ。

「うん、同窓会に出るついでに田舎に一週間ほど里帰りするんだとさ」

「……大ちゃんのお父さん、単身赴任だよね?」

「……? そうだけど?」

「なら一週間したい放題ってわけね!」

菫は身を翻すと、さっき放り投げたブレスレットを拾い上げた。

「やばい!」

やっぱり忘れたわけじゃなかったか。俺は振り返らずに走って逃げ出した。
あんなこと言ってた直後に《願いが叶うペンダント》の登場だ。絶対菫は俺ともう一度入れ替わろうとするに違いない。 逃げても無駄な気はするけれど、ひょっとしたらあの光の届かないところまで行けば大丈夫かもしれない。 そんなかすかな期待にすがって俺は走りに走った。

願い事を言うには充分すぎる時間が経ったはずだが俺の身体に変化はない。これは本当に逃げ切れたのかも……。
と、思った瞬間。
光が俺を包み込んだ。

「やっぱり……駄目なのか」

気がつけば、俺は再び菫になっていた。周りの風景も、巻き戻されたビデオ画像みたいにさっき走り出した地点のそれになっている。そして手首にはブレスレット。

「大ちゃーん」

遠くから俺になった菫が駆け戻ってくる。何だかさっき指輪をもらった時よりも嬉しそうに聞こえるのは俺の気のせいだろうか?
どうしよう。どうしよう。
このままだと俺はまた菫に抱かれちゃう……でも、今度は気持ちよくしてもらえるかも……ってダメ! また気持ちが女の子になってきてる!
そうだ!

「菫、ごめんね!」

俺はブレスレットに二つ目の願いをかけることにした。
願いを二つ無駄遣いすることになるけど、俺の男としての尊厳を守るためには仕方ない!

「俺と菫を元に戻して!!」

が……。
ブレスレットは何の反応も示さない。

「どうして? 何で?!」

パニックになった俺のところに菫がやって来た。

「あー、やっぱり大ちゃんの身体はいいね。こんなに走っても全然息切れしないもの」

呑気なことを言う菫の相手をする余裕はなかった。

「す、菫! このブレスレットおかしいよ! 願いは三つ叶うはずなのに!」

「あ、あたしが三つとも使い切っちゃったから」

……え?

「それより大ちゃん、早く大ちゃんのお家行こう!たくさんいいことしてあげるから」

菫ちゃんがそう言った瞬間。
あたしの心は一気に女の子の感覚に変わってしまった。
ブレスレットのこともどうでもよくなって、ただただ目の前の菫ちゃんがいとおしい。その胸にギュッとしがみついて体重を預ける。

「あ……効き目が出たのね」

菫ちゃんはあたしの変わり様にも納得してる様子。
大きな腕であたしを丸ごとだきしめてくれた。すごく、すごく幸せ。

「どういうことなの?」

「あたしの二つ目の願いはね、《二人がセックスする時は、いつでも楽しくやれますように》ってものだったの」

「ふうん……」

菫ちゃんの気持ちが男の子に変わってないのは、その必要がないからなのね。

「今度は……痛くしないでね」

「うん、気をつける」

菫ちゃんとあたしは、元のあたしの家へ帰っていった。
菫ちゃんは本当に優しくて、あたしをとても気持ちよくしてくれた。
女の子になれて、よかった。

夕方風呂場で三回戦を終えた直後、湯船に二人で浸かりながら、ようやく俺は男の意識を取り戻した。

「うわああああああ!!」

自分がしたこと言ったこと、思ったことまで全部記憶に残っている。そして何より、使い果たされた三つの願いのこと。

「落ち着いてよ、大ちゃん」

菫に力ずくで押さえ込まれ、俺はおとなしくなる他なかった。

「…………」

うつむけば二つの乳房が目に入る。背中にかかる長い髪が重たく感じられる。

「ひどいよ、菫……」

目から涙が溢れてきた。止まらない。

「俺、そりゃお前になってもいいって……お前の病気が治るのならお前の身体で生きることになってもいいって思ってたけど……でも、こんな風に無理矢理……しかも一生戻れないなんて……」

涙をごしごし拭っていると、菫が言った。

「大ちゃん、自分の身体見てみて」

……あれ?
俺の目の前に女の子の菫がいる、ということは……。

「……元に戻ってる」

俺と菫はまた入れ替わっていた。

「でも、どうして?」

俺が泣いていたせいでまだ泣き止まない菫だが、俺は問い詰める。と、また入れ替わってしまった。

「その身体じゃ話しづらいから、また大ちゃんの身体借りるわね」

いい加減涙を止めようと必死になってる俺に菫は解説を始めた。

「あの時あたしはまず《あたしが好きな時に、あたしと大ちゃんが入れ替われるようにして》ってお願いしたの。だって普通の願い方じゃ、元に戻ること考えたら一回しか入れ替わりできないもの」

なるほど、菫も一生俺でいたいわけじゃなかったんだ。
…………。
……《あたしが好きな時に》?! 俺の意思は!?

「それで二つ目の願いはさっき言ったわね。そして三つ目の願いは……」

「願いは?」

あれ? 菫ちゃん、何だかオチンチンを見て笑ってる。
……って、あたしまた女の子になってる!

「《あたしたちが結婚するまで、あたしの身体が妊娠しないように》」

お湯の中から菫ちゃんの立派なオチンチンが姿を見せる。
さっきあたしの中にたくさん出したばかりなのに、もうあんなに大きく膨らんでいる。

「大ちゃん、もう一回、ね?」

菫ちゃんたら本当に楽しそう。

「……菫ちゃんばっかりずるいな。あたし、まだ童貞なのに」

説明を受けてある程度安心できたためだろうか。気持ちは女の子になってるけどさっきのように何も考えられないわけじゃない。

「じゃあ元に戻ってもいいけど……大ちゃん、そんなにあたしの身体でセックスするのは嫌?」

「どうしてそんな訊き方をするの? あたしは今、女の子の気持ちになっているのよ」

「……今はまだ、戻りたくないってことでしょ?」

「……うん。けど! 別に本音じゃないからね! 今は菫ちゃんがやる気になっててそれで二つ目のお願いが効果を発揮してるから……」

「はいはい。じゃあ終わったら元に戻ろうね」

「うん……」

肯きながら。心のどこかで、それならなるべくゆっくり時間をかけようと思っているあたしがいる。
きっと気のせい、気のせい。
……考えてみれば。入れ替わるのは二人がセックスする時(正確に言えば菫ちゃんが男の子のセックスをしたい時)。
しかもセックスする時は、いつでも楽しく気持ちいい……
つまり、あたしが女の子になる時は、いつでもご褒美があるってことで……。
ひょっとしたら、あたしだんだん菫ちゃんに女の子の喜びを調教されていくのかも……。
気のせいよね、気のせい。
立派に勃起した菫ちゃんのオチンチンをしゃぶりながら、あたしは変なことは考えないようにした。
とにかく今は楽しまなくちゃ!




いやー、いいですね。このお話は、お分かりの通り、第22話直後のお話ですが、見事な展開だと思います。(^^)
それにしても、菫も考えましたねぇ。なるほど、これなら結婚するまで随分楽しめそうです。付き合わされる大地はこれからたいへんそうですねぇ。
茶さん、本当にどうもありがとうございました。m(_ _)m

※感想は茶さん ( irekae@writer.interq.or.jp )へよろしくお願いします。