ジョーカー氏の悩める日々

                               作:英明

 「ふう、太陽が黄色いぜ」
いくら今日が遅番だからって、頑張り過ぎたぜ。
それにしても、昨夜の女‥‥‥むふふふ。
どんな女かだって?そんな野暮な事は聞くなよな。
 さすがにこの時間だと人通りが少ないな。11時か、飯でも食って‥
‥ん?こんなところに、道なんかあったかな?
まあいい、たまには違う道もおつなものである。
ほう、空き地があるぞ、土管が3つ。申し訳程度に柵があるが、
これでは中に入って遊んでくれって言っているようなもんだ。
草も適当にはえているが、子供が草野球するにはちょうどいい環境だ。
それにしても、ドラえもんじゃああるまいし、土管が置かれていて、
そうジャイアンが座っていそうな感じだぜぃ。
見れば見るほど、のび太が、スネ夫が、出てきそうなドラえもんな空間だ。
 ふふ、こんな場所があるもんなんだな‥‥‥‥さて、そろそろ、行くとす‥
‥‥‥‥‥おわっ!あれはーーーーーーーーっ?


 空き地と道を遠慮がちに区切っている柵に、無造作に掛けられているモノ。
長さ1メートル強。質感を感じさせるが、重量を感じさせない。
軽い光沢を放つ滑らかな表面。それでいて弾力を感じさせるロープ状の物質。
両端には色違いで赤と青のテニスボールみたいな球面が着いている。
 あれは、まさしく、いや待て、結論を急ぐ必要はない。落ち着くんだ。
冷静を装いながら、じっくり歩を進める‥‥‥‥‥
近づけば近づくほど、あれに見えてくる。そう、あれだ。
TSファンなら一度は手に入れたいと渇望してやまないあれだ‥‥‥
‥‥‥どう見ても『入れ替えロープ』に見・え・る・

 いや、そんなものがあるはずはない、幻だ。
とうとう俺も幻を見るようになってしまったか?
しかし、確かに俺には見える、20世紀のものとは思えないロープ状の物質が!
あ、慌てるな、俺!今は21世紀じゃないか。
このくらいの事で、天下のジョーカーが自分を見失ってどうするぅ。
冷静になろうじゃないか、現実を直視しろ。
そうだ、深呼吸だ、しかも、人に気づかれないよう‥‥軽く、
「ふう〜」
ゆっくり、冷静に自然に歩を進めながら確認。
もう、それは手の届く距離に存在している。確かにある。
しかし、それが本物である保証はどこにもない。
単に似ているだけなのだろう、きっと、いや、そうにちがいない。
うっかり喜ぶと、違ったときの落胆が大きいものなのだ。
期待はしてはいけない。通り過ぎるか?
‥‥‥‥馬鹿な事を考えるな。もし、もし、本物だったら、一生後悔するぞ。
だいいちそれが本物でなかっても、俺に何の不利益が生じると言うのだ。
後悔するより、落胆するほうがはるかにましだ。
よし、決めた!‥‥‥‥いや、待て。

《わなか?》
いかにも見つけてくれというように掛けてある入れ替えロープ。
あまりにも、わざとらしくないか?
《ハッ!もしや、インクエストの陰謀?》
奴らなら、ジョニーなら‥‥‥‥有り得る。
『ジョーカー、騙される!
    ニセの入れ替えロープを握り締め、涙にくれるジョーカー!』
一瞬、不快な見出しと画像が、脳裏をよぎる。
思わず、辺りを見回す‥‥‥‥
まさかな?いくら奴らでも、ここまで暇人じゃあないだろう。
たかが俺を騙すためにこんなものまで作るかあ?

いや待て、徳則理事長なら小道具を作るかもしれん。
でも、ここまで精巧に作れるか、奴ならもっと不恰好になるはずだ。
これは本物だ、いや、本物にちがいない。
これは、天がこのジョーカー様に授けてくださったものにちがいないのだ!

《決めた、頂こう》
手を伸ばそうとした瞬間、
『某老人ホーム事務長、拾得物横領で逮捕!』
新聞の見出しが、頭に浮かぶ。

《ええい、どうしたんだ、俺はこんな小心者だったのか?
いや、そうであるはずがない!(反語)》
冷静に、そう、冷静に、あたかも手にするのが自然のように、つかむのだ。
新聞か、傘を手にするように、持つのだ。持て、持つんだ、ジョーカー!

 がしっ!
ついに、ついに、俺は手に入れた。長く苦しい戦いに勝ったのだあああああああああああああああ。
               

《終》
         






                                     
嘘!‥‥‥続く!




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