ジョーカー氏の悩める日々 の続き

                               作:英明

「ふふふふふふ」

いかん!
公園のトイレでひとり笑い声を上げるなんて、変態ではないか。
しかし、自然と笑いがこみ上げてくるぜ。
見れば見るほど、触れば触るほど、本物に思えてくるぜ。
この光沢、手触り、弾力、そのすべてが、
俺のためだけに存在しているかのように感じる。
本物だ。俺の野生の感が告げている。
「ふはははははは」


 さて、どうしたものか?
まずは、実験だ。が、入れ替わる相手は慎重に選ばねばならぬ。
下手をすると、元に戻れない可能性もあるからな。
やはり、セーラー服だあああああ!
しかも、襟が大きいのが必須条件だ。
それにネクタイは蝶結び、もしくはリボン状のもの!
ネクタイ止めで棒状になっているのは、きらいだあああ〜。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ふむ、それでは、物色しに行くとするか。


 ふうむ、時間が時間だし、セーラー服どころか若い女性もいやしない。
方針変更だ。若い女性が必ずいるところ‥‥‥‥デパートはどうだ?
確かに店員のレベルは高いし、エレベーターガールの響きも捨てがたい。
しかし、如何せん、人目が多すぎる。‥‥却下だな。
 OLはどうだ。これは、ビルに入りにくい。却下。
 ファミレス‥‥‥‥好みだが、二人きりになるチャンスがない。却下。
 なかなか、難しいものだな。真っ昼間は無理かな。
まあ、飯でも食‥‥‥‥おお!向こうから歩いてくるのは!
‥‥まさに、女子高生!しかも、俺好み!こいつはツイテルぜぃ!

「お嬢さん」
目いっぱい冷静に、心をこめて、呼びかける。
「はい?」
びっくりしたように、返事をする美少女。
おお、声も可愛らしい!
もうすぐ、このさらさらなロングヘア、愛くるしい瞳、
艶やかな唇、セーラー服に包まれたスレンダーなボディ、
程よくむっちりした脚、そして透き通った声、
すべてが俺のものになるのだあ!
う、いかんいかん、じろじろ見ては。
「すみませんが、このロー‥‥‥‥」

しまったああああああ、なんと言えばよいのだ?まさか、
「このロープの端を持っていただけませんか」
などどは言えないぞ。怪しい、怪し過ぎる!
 このジョーカー、ルックスには自信はあるが、人相には自信がない!
このままでは、思いっきり、『危ない奴』である。
『老人ホーム事務長、女子高生を襲う!』
という見出しが、頭をかすめる。
「あ、その、JR横浜駅はどちらでしょうか?」
「あぁ、なんだよ、そんなこともわからねえのかよ、
 うぜえな、むこうへ行けよ!」

 最近の女子高生は、俺と入れ替わらなくても、男じゃねえのか。
せっかくの身体が台無しだぜ。俺なら、俺なら‥‥
‥‥ううう、なりてえええええええええぇぇぇ。
今すぐ、小脇に抱えて、俺の隠れ家に連れて行って、監禁したいところだ。
いや、100パーセントこのロープが本物だったら、それも悪くはない。
しかし、しかし、もし、偽物だったら‥‥‥‥
『老人ホーム事務長、女子高生を拉致監禁!』
の見出しがちらつく。

「非常に残念ですが、お別れします」
さようなら、俺がなるはずの身体。
わけがわからないといった顔をしている美少女を後にした。
《しょうがない、仕事に行くか》
ん、仕事?そうだ、職場だ!看護婦が、ナース服があ!
ピンクでも白衣と言うのはこれ如何に?そんなことを言っている場合かっ。
それに、個室はあるし、顔見知りだから怪しまれないし‥‥‥‥
こいつは盲点だったぜ。職場へ、ダーーーーーーーーーーーシュッ!


「ハッ、ハッ、ハッ」(笑っているのではないぞ)
「はあ、はあ」
さすがに1000mダッシュは、こたえるぜ。
しかし、これから得られる楽しみに比べると、小せえ、小せえ。
「はっはっはっは」(今度は笑い声だぜ)
 さて、誰を呼ぼうか?
事務長室のパソコンで看護婦のデータを調べる‥‥‥‥‥‥‥‥
        ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥よし、この娘にしよう!

 雨宮静江‥‥‥‥24歳、T166 B84W56H84 
         趣味・特技‥‥水泳、テニス、料理
         好物‥‥ヨーグルト
         好きな言葉‥‥冬来たりなば、春遠からじ
         市内在住一人暮らし

 うん、やはりこの娘だな。才色兼備、性格も良し。
入れ替わるのだから、性格は関係ないみたいだが、
俺の身体であまり無茶な事をして欲しくないからな。
一人暮らしというのもポイントだな。
それにしても、いい娘だ。同じ職場じゃなかったら、手を出しているだろう。
(職場での色恋は粋じゃあない)
「あ、事務長だが、雨宮君はいるかな。
 仕事が一段落したら、私のところに来るよう伝えてくれ」
自然と口元が緩む。


 時間にすると、15分ぐらいだろう。
なんと長い、そして、至福の時間だろうか。
そう、TS絡みの予告編を見たあとの1週間のなんと楽しい事か!
早く来週にならないかと思いつつ、あれやこれや妄想を膨らませる。
そして、心を躍らせて、番組を見る。
しかし、ほとんどの場合、その徐々に失望感に沈んでいく。
これくらいで丁度いいんだ、と自分を慰めつつ、
《何でそんなおいしい道具、力、設定を有効に使わないんだ〜〜〜〜〜》
と叫んでいる俺。
 おっと、不吉な事を思うんじゃねえ!
今度は俺が主人公だぜ。思う存分楽しんでやるぜ!


 コンコン。
「失礼します」
「はい、ろうぞ〜」
努めて冷静に返事をしたつもりだったが、声が裏返ってしまった。
「あの、私が何か‥」
彼女は俺に呼ばれたことのへの不安が大きいようで、
俺の興奮には微塵も気づいていないようだ。
別にとって食おうというのではないんだが。でも、似たようなものか。
「ちょっと調べ物をしているんだが、
 一人では出来ないので、君に手伝って欲しいんだけど」
「‥‥はい?」
ちょっと安心したような表情を浮かべたが、
事務職員ではなく、看護婦のしかも勤務中に呼び出された事への
疑問を感じているようだ。
「いや、なに、君は学生時代テニスをしていたよね」
「ええ、少しですけど」
「そこでだ、ちょっとこれを持って欲しいのだけど」
(訳の分からない理屈だ)
無造作に引き出しから、入れ替えロープを取り出し、彼女に手渡す。
「これをですか?」
「ああ、そうだ、そのテニスボールのような持ち手があるだろう。
 そう、その赤いほうを右手でつかんでくれ」
声が震えそうになる、口元がゆるみそうになる、こらえろ、俺!
「こうですか」
おお!ついにこの瞬間が‥‥、おっと、喜んでいる場合ではない。
「そのまま、握っていてくれ」
《そう、そのままだあ》
そして、すばやく青い持ち手を握り締める。
『ぶ〜ん』
軽い音と振動が持ち手から伝わってくる。
そして、その波動が、右手から頭へ、足先に波打つように広がっていく‥‥‥‥‥‥
「あっ」
彼女の声が聞こえた気がしたが、
意識がすごく細かい周期でフラッシュしていくような感覚が襲ってきた。
そして、意識がブランコのように揺れ、
遠ざかり、近づき、そして、徐々に感覚が戻ってきた。
《本物だったんだ》
視覚も徐々に回復してきた。目の前には、俺が立っているはず‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥が、立っていたのは‥‥‥‥!


たぶん、つづく

 

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