Beautiful morning with you.<キミを探して>
「ふぅ〜、美味しかったな。いずみ」
俺もいずみも程好く酔っていた。いや、いずみのほうはおぼつかない足取りで、隣をフラフラと歩き、何度も「こんなに酒に弱いとは・・・」等とブツブツ呟いている。あの店のワインはどれも美味しく、ついつい酒がすすんでしまうのだ。いずみにしたって、いつもならすぐにセーブするのだが、今夜はどういう心境か、ガブガブと限度を超えてワインを飲んでいた。
「おっ、危ない」
ふらつき倒れそうないずみの身体を、俺はガシッと抱きとめた。
「おい、いずみ。大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫・・・」といずみは自分に言い聞かせるように呟き、俺から離れるが、またすぐにふらつき倒れそうになる。こんなに酔ったいずみを見るのは、初めてだ。
このまま、一人で帰して大丈夫だろうか。
タクシーでも拾って、送ったほうが・・・
寄りかかるようにして抱きついている、いずみを支えながら、そんな事を考えていると、自分の腕にいずみのふくよかな胸が当たっていることに気がついた。いずみがジャケットの下に着ているインナーの胸元に偶然にも手があたっていたのだ。それを意識した途端、いずみから甘い香水の匂いがしているを覚えた。さっきまでは「いい匂いだ」程度に思っていたのだが、アルコールのせいで嗅覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。甘い、その匂いに魅せられたかのように、俺はいずみを抱きかかえ、ゴクッと生つばを飲み込んだ。
幸いにも今日は金曜。
明日のことを心配しなくてもいいのだ。
それに、よそよそしくなった、いずみを取り戻すいいチャンスじゃないか。
俺は手を上げ、タイミングよく通りかかったタクシーを止めた。

ホテル街でタクシーを降り、手頃なホテルを見つけた俺は、半ば意識の無い、いずみを抱きかかえながら部屋へ入った。俺も酔っていたせいか、罪の意識はまるでなかった。こうなって当たり前。男と女とはこういうものなのだ的な勝手な言い分が俺を後押ししていたのだと思う。
彼女をベットの上に寝かせ、先に自分の衣服を脱ぎ捨てると、シャワーを浴びずに、さっそく彼女を脱がせ始めた。
意識の無い彼女からジャケットを脱がし、次にパンツを引き下げる。
「ほらっ、いずみ・・・」
一枚、また一枚と脱がすたびに、シルクのシーツで上で身をよじる彼女の様が、いつもよりセクシーに思えた。俺はそんないずみの様に興奮を覚えた。いずみとエッチした事は何度もあるが、こういうシチュエーションでは初めてだったのだ。
「よし、次は・・・」
光沢のあるインナーとストッキングを脱がし、下着姿となったいずみは、恥じらうこともなく、両手両足を大の字にし仰向けになって寝息を立てている。いずみの身体を寄せ、自分のスペースを作ると、俺はそこに横になる。そして、いつものように彼女の顔を横に向けた。いずみの耳には小さなイヤリングがついたままだったので、それを避け、細くした舌を彼女の耳の穴に優しく差し込むと、彼女は「あっ」と可愛らしい声をあげた。こうしてやると、いつもいずみは喜ぶのだ。半ば意識がないいずみだったが、ピンクの口紅が塗られた唇のすき間から、熱い吐息を漏らし始める。
「どうだ。気持ちいいだろ?」
いよいよだ。と俺はいずみの下着を外し始めた。
ホックを外すと、ブラジャーのカップが左右に開き、そこから形良い二つの乳房がプルンと飛び出した。そんな様にニヤッと笑みを浮かべ、いずみの首筋から胸へとかけてチュッと口づけをしていく。いずみも感じているらしく、口づけする度に、もどかしそうに身体を動かした。やがて、ジワッと肌の表面に汗が浮き出た。汗の浮き出たお互いの身体が生々しくぶつかり、さらに興奮を覚えていく。
・・・と、その時だった。パチッと、いずみが宝石のような瞳を開けた。
いずみは自分の上に乗る、すっぽんぽんとなった俺の顔をジッと見た後、目を配らせ、部屋の中を、いやこの状況を確認しようとしていた。
「フフッ、ホテルだよ」
俺は彼女の耳元でそう囁き、身体の位置を下へとずらした。
「えっ、あっ、ちょっと・・・」
いずみは待ったをかけるが、ここまで来て待ってなんかいられない。
カプッと彼女の右の乳房に口をつけ、そして可愛らしいその乳首を口に含んだ。だが、いつもなら「あっ」と可愛らしい喘ぎ声を出すのに、この時のいずみは手で俺の顔を押しのけると、「やめないか!」と強い口調で言い放った。
これには俺にも驚き、我に返ってしまう。
「いずみ?」
いずみはさらけ出した胸元を手で覆うようにして隠すと、顔だけをこっちへ向けた。
「違うんだ。芳川くん。違うんだよ」
まるで別人。いずみは別人のようにそう言った。
「違うって・・・」
「私は、その・・・相川くんではないんだ」
いずみは申し訳無さそうな顔をし、俯いた。
「・・・」
言葉が出なかった。これから結婚する相手、いやこれからエッチをしようと思っていた相手が、突然そんな事を言い出したのだ。
「参ったな」
いずみは呟き、近くにあったシーツを手で引っ張り、自分の身体をそれで包んだ。
だが、参ったのはこっちだ。いったい、何だと言うのだ。
「とにかく、相川くんを呼ばなくては・・・」
「おい、いずみ。どうしたんだ。まだ酔ってるのか?」
シーツで身体を覆ったまま、いずみは自分のハンドバックを探し、その中から携帯電話を取りだした。そして、何処かへと電話をした。
「おい、いずみ!」
何がなんだか、わけがわからなくなり、俺は怒鳴った。
すると、いずみは耳に当てていた携帯電話を少し離し、真顔でこう言った。
「私はいずみ、いや相川くんではない。島崎、営業一課の島崎だ」

     *

ラブホテルを後にし、俺といずみ・・・いや自分を島崎課長だと名乗るいずみと共に、近くの喫茶店に入った。ここに誰か来るらしいのだが、自称課長ないずみは口を閉ざしたままだ。
「いったい、何がどうなってるんだ・・・」
すっかり酔いから醒め、俺はひとりブツブツと呟いていた。
しばらくすると、タクシーが店の前に止まり、島崎課長が現われた。
「課長っ!」
そう呼びかけると、課長は俺の顔をキッと睨みつけ、いずみの隣の席に座った。
「大丈夫ですか?」と課長は隣のいずみに声をかける。
それに対して、自称課長ないずみは「すまない」と申し訳なさそうに言った。
いずみもそうだが、課長の様子も何処かおかしい。いつも穏やかな笑みを浮かべている課長らしくなく、なんか俺に対して怒っているらしく、さっきから膨れっ面をしてみせる。
「あの、俺なにか悪いことしました?」
恐る恐る尋ねてみると、課長はヒステリックにこう言った。
「なんで、あたしの身体を抱いたのよ。しかも酔っているうちにだなんて、もう最低ッ!」
課長が突然のその言葉に、俺は唖然とした。
「あたしって・・・」
「まだ気がつかないの?!あたしと島崎課長の身体、入れ替わってたのよッ」
それを聞き、俺は「ええっ!」と声に出し驚いた。
店内の客が「なんだ?」という顔をして、俺達の方をみるが、それどころではない。
「いっ、いまなんて・・・」
「だから・・・」課長は自分を指さし「あたしと」、隣に座るいずみを指さし「島崎課長の身体が入れ替わってるのよ」と言った。
「そんな馬鹿な・・・」
確かに、二人の様子はおかしい。
今日のいずみは、明らかに何処かおかしい所があったし、課長のほうはというと、会社ではそうは思わなかったが、今こうして会話していると、以前にはない、落ち着きない態度なのだ。その姿と声だけを除けば、その言葉遣いや雰囲気なんかは確かに逆転、いやあべこべな状態だと言えるかもしれない。だが、身体が入れ替わるだなんて、そんな事が現実に起きるというのか。もしかしたら、俺をからかおうと二人で示し合わせ、演技している事だってありえるのだ。
「嘘だよな、いずみ?」
尋ねると、頬を膨らませた課長が俺の腕を掴み、「だから、あたしがいずみなのよ」と真剣な面持ちで言った。課長が、いや課長になっているいずみという事なのだが、その顔は真剣そのもので、冗談を言っているようには思えない。
「そんな・・・」と、突然突きつけられた出来事に、自分の奥さんとなる彼女が、そんな事に巻き込まれていたと知り、俺は言葉を失った。
すると、課長の隣に座るいずみが、いや、えっと、いずみになっている課長がこう話を始めた。
「本当なんだ。芳川くん。昨日、確か、芳川くんが外出している時。下半期の新企画の会議に出席していた私と相川くんが、部屋に戻ろうと本社ビルの非常階段を降りていたら、迂闊にも私が躓いてしまい、大きくバランスを崩したのだ」
「・・・」俺は黙って聞いていた。
「私を助けようと、相川くんが私の身体を捕まえてくれたのだが、支えきれなかったらしく、相川くんまでもを巻き込んでしまい、そのまま階段踊り場まで転落し、私達はそのまま意識を失ってしまった」
島崎課長を見ると、さっきの膨れっ面から一転し、今度は下唇を噛みしめ、下を俯いていた。
「そして意識を取り戻した時、私達はお互いの姿を見て驚いた。なんと、私と相川くんの姿が、身体が入れ替わっていたのだ」
いずみと課長は、お互いの顔をチラッと見合わせた。
「そんな事って・・・」
「キミに、すぐ説明しなかったのは悪かったと思ってる。キミを騙すつもりはなかったのだ。だが、こんなことを説明してもとても信じてもらえないと思ったし、結婚を間近に控えたキミに余計な心配をかけたくなかったのだ。なんとか二人で元に戻る方法を探し、やってきたのだが・・・」
「結局、元に戻れなかったと・・・」
「そうだ。だから、元に戻るまで私が相川くんを演じて、相川くんには私のフリをしてもらおうとしたのだ。それなのに、キミは・・・」
そこまで言われ、俺はギクッとした。
「それなのに、キミは・・・その・・・なんだ。私の事を、相川くんと間違えて・・・」
いずみになっている課長は何故か頬を赤らめ、顔を背けた。
課長が、いや二人が何を言いたいのか・・・すぐにわかった。
そうだ。酔った弾みとは言え、ホテルに連れ込み、エッチしようとしていたのだ。その相手が、実は課長だったとも知らずに。
「はっ、ハハハ・・・」
こんなときに何だが、もはや笑うしか出来なかった。
知らなかったとは言え、自分の上司を喰うところだったのだ。こんなことがあっていいのだろうか。
「笑い事じゃないわよ。昌信がそんな人だとは思わなかったわ」
課長になっているいずみは、プイッと顔を背けた。
「まあまあ、相川くん。酔ってしまった、私も悪いのだ。男が、芳川くんがこんなにも、そのエッチ好きだとは知らなかったものだから・・・」
いずみになっている課長は、ハハハッと苦笑いを浮かべる。場を和まそうとの発言なんだろうが、ちっともフォローになってない。
「もう、知らないわッ!」
いずみはスクッと立ち上がると、「結婚は取りやめよ!」と言い残し、店の外へと飛び出していった。その後を「あっ、待つんだ。相川くん」と課長が追いかけていく。
ひとり残された俺は、呆然としていた。

     *

結局、結婚は取りやめとなった。
俺は招待客に頭を下げ、いずみの両親にも頭を下げた。
課長になったいずみは、相変わらず膨れっ面のままで、いっこうに許してくれる様子はないし、かといって、いずみになっている課長と結婚することなんて出来ない。ましてや、あんな事があった後だから、まともに顔を見ることすらできない。やがて職場にも居づらくなり、俺は退社することになった。

いずみと課長。その後、二人が元に戻ったのか、どうかは俺は知らない。

<おしまい>


あとがき