Beautiful morning with you.<キミを探して>
いずみが欠勤するようになってから、四日目。
俺は仕事の後、いずみの実家に寄ることにした。
・・・いずみの気持ちが知りたかったのだ。
電車に乗り、いずみの家近くまで来ると、後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには課長が、島崎課長が立っていた。
「課長!?」
どうして課長が、島崎課長がこんなところにいるんだ。
島崎課長は最近、妙に外回りが多く、会社でもほとんど顔をあわさなかった。まさか外回りの営業で、いや、そんな事あるだろうか。それとも、仲人としていずみを心配して・・・。
「昌信、お話があるの」
課長はそんな風に言った。
変な感じがした。入社して三年。「芳川くん」と呼ばれる事はあっても、「昌信」だなんて下の名前で呼ばれた事は一度もなかったのだ。
「はっ、はい」
課長に連れられ、近くの喫茶店に入ると、課長は携帯電話を取りだした。そして「いま喫茶店にいるから」とか「いま、来て下さい」などと相手に話した後、電話を切り、いまの話し相手はいずみだった事を教えてくれた。
「いずみが?」
課長がいずみを呼びだしてくれた。という事になるが、何故課長が。もしかして、仲人という立場から俺達が話しあえる場を作ってくれたとでもいうのか?

いずみがやってきたのは、それから十分後の事だった。
パステルカラーの薄手のニットと長めのスカートという比較的カジュアルな格好で登場したいずみは、俺達の事を見つけると、無言のまま課長の横に座った。
「やあ、いずみ」
目の前に座るいずみに声をかけると、いずみは隣に座る課長に「話したのか?」と小声で確認した。課長は首を横にして、「まだです」と答えた。いずみもそうだが、課長の様子も何処かおかしい。先ほど、俺のことを「昌信」だなんて呼んだのもそうだが、穏やかな笑みを浮かべる課長らしくなく、生気が無いというか、やや俯き加減のせっぱ詰まった表情がとても心苦しい感じがする。
「芳川くん」
課長の顔を見つめていると、いずみが突然俺の名前を呼んだ。
「はいっ!」
突然いずみに「芳川くん」だなんて呼ばれたものだから、俺はビクッとした。
「これから話す事は、とても信じられない事だと思うが真剣に聞いて欲しい」
いずみは真剣な面持ちで、話しを切りだした。
「いずみ?」
「私はいずみ、いや相川くんではない。
 いや、この姿は確かに相川くんのものだが、私は島崎なのだ」
「へっ?」
俺には、いずみが何を言っているのかまるでわからなかった。課長は黙って、下を俯いていた。
「わからないのも無理はない。だが、私は本当に島崎なのだ」
いずみは片手を胸元に添え、静かに言った。そして、隣に座る島崎課長に「いいかい。話すよ」と声をかけてから、説明を始めた。
「こうなったのは、今から五日前の事だ。確か、芳川くんが外出している時。下半期の新企画の会議に出席していた私と相川くんが、部屋に戻ろうと本社ビルの非常階段を降りていたら、迂闊にも私が躓いてしまい、大きくバランスを崩したのだ」
「はぁ」
「私を助けようと、相川くんが私の身体を捕まえてくれたのだ。だがしかし、支えきれなかったらしく、相川くんまでもを巻き込んでしまい、そのまま階段踊り場まで転落し、私達はそのまま意識を失ってしまった」
島崎課長を見ると、何かに堪えるかのように肩に力を入れ、下唇を噛みしめていた。その目には、うっすらと涙がこみあげていた。その横では、自分が課長だと名乗るいずみが説明を続けていた。
「そして意識を取り戻した時、私達はお互いの姿を見て驚いた。
 なんと、私と相川くんの姿が、身体が入れ替わっていたのだ」
「えっ!?」
身体が入れ替わるだって?そんな事って・・・。
「そう、私も驚いたよ。だが事実なのだ。私の意識は、この・・・」
いずみは、いや自分は課長だと言ういずみは、両手を軽く広げて、自分の身体を見下ろし、「相川くんの身体に入り込んでいたのだ」と言った。
「そんな馬鹿な・・・」
確かに、二人の様子はおかしい。
今日のいずみは、女にしては男のような威厳があるし、逆に課長のほうはというと、五十歳の中年男性とは思えない程、不安定で頼り無さそうな感じがする。その姿と声だけを除けば、その言葉遣いや雰囲気なんかは確かに逆転、いやあべこべな状態だと言えるかもしれない。だが、身体が入れ替わるだなんて、そんな事が現実に起きるというのか。もしかしたら、俺をからかおうと二人で示し合わせ、演技している事だってありえるのだ。
「嘘だよな、いずみ?」
尋ねると、下を俯いていた課長が顔をあげ、「ホントよ」と言った。
頬に涙を伝わせ、泣きじゃくるその顔に真実味を感じる。
「そんな・・・」
言葉にならない。いずみと課長の身体が入れ替わっただなんて事、誰が信じようものか。
「キミに、すぐ説明しなかったのは悪かったと思ってる。キミを騙すつもりはなかったのだ。だが、こんなことを説明してもとても信じてもらえないと思ったし、結婚を間近に控えたキミに余計な心配をかけたくなかったのだ。なんとか二人で元に戻る方法を探し、やってきたのだが・・・」
「結局、元に戻れなかったと・・・」
いずみは、いや課長になるのか。とにかくいずみの姿をした課長はコクッと頷いた。
つまりえっと、五日前のあの日。いずみの、いや二人の様子がおかしいと思い始めた、あの時・・・二人はもう入れ替わっていた事になる。いずみの、よそよそしい態度はその為か。
「結果的に、君を騙してしまったのは申し訳ないと思っている」
課長は頭を下げた。だが見た目は、いずみだからなんか調子が狂う。
「だが、もっと大きな問題がある」
「えっ?」
「キミと相川くんは、もうすぐ結婚式だろう」
それを言われ、俺はハッと顔をあげた。そうだ、結婚式を一週間後に控えていたのだ。
「このままでは、私とキミが結婚することになってしまう」
なんかヘンチクリンな台詞だが、確かにそういう事になる。
課長の姿をしているいずみとは、結婚式をあげられない。周りに説明できない以上、キャンセルするか、いずみの姿をした課長と結婚するしかないのだ。
「大変だ」
ようやく事の重大性に気がついた、俺は究極の選択を迫られた。
とりあえず結婚式をキャンセルし、二人が元に戻るのを待つか。それとも、とりあえず結婚式をあげて、あとで二人が元に戻るのを願うかだ。どちらにしても分はない。さて、どうすればいいのだ?


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招待客に頭を下げ、キャンセル料は払わなければならないが、いずみが元のいずみに戻ってから結婚式をあげることができる。但し、一生元に戻れず、結婚できない可能性もある事を忘れてはならない。

残り一週間で、なんとか元に戻る事を願い、結婚式をキャンセルしない。この場合、元に戻らなかったら、姿はいずみだが、課長と結婚する事になる。